Simple case 3nuA4-(2)

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その  常 しき を   私は  テスト  を うけにいく。

どうせ 、    お そらく  私の  常 しき は、    ヨ― シャ な く  ツ―ヨ ― しない 。

で も 、  こ ―ゆ ―  人 も いていい  こと は 、  理解 すべ き だ 。   ど―ゆ ― 人 も 。

只、   仕 事  に つくには 、多少、問だい で も 。

私は  図 々 しい か ら、 ゼッタ イ に   しな な い 。

柳田 邦 男  の いう 通り、   私 は、   私を  只  肯 定  す るし  し たいし  で きる

から だ  ろう。   そう いわれれば 。 そ うだ 。

否 定  も  な にも 、   それ を  下 す のが  私 であ る から 、 こそ 、

否定 の しよう も  な い 。   それは  只 、単 に  ム ジュン で あり、

原因 は   言 ば の  アヤ  に ある 。   思 い  かく  私 は 、 判 断 され る 、 描/書 かれる  私

の むしろ   ごく 一 部   もしか すると、  カス 、 ヘタ 、 カワ、 カラ、 ゴミ 、…

で あ って、   メイン/ 動くの は、   なにしろ    そこ 、ここ  にいる   私  。

それ の 判 断 に  伴っ て、  書 い てる だけ で 、  思いや 回路 だって、  見抜き 様 も ない 。

そ して 、 それ を  みたい、  如 実に  手 にとり たい、  発 見 したい 、

一 環 として、   水面 を  叩 か ないよう に   すかして、  くみと って  みつ める 。

かいてるのは むしろ、  手 の 様な 、( 正に )   一部 分 で

動き  の  私 が    許 して いる 。

わけの わ か ら ない 只 の 私  を 、 根 本 的に、   全面 肯 定 に  知りたい 、

手( 一部 )としての 私 は 、  常 しき  から さえも    よけ て おいて 、

すきに させと いた ら  どう な る だろうか、  と  きょうみ を  持 つし、

なに より、   常 に  動 き そのもの で ある だろう 。

”今” という  りゆう で なく 、  欲 する もの   という りゆう から 。

それを 欲した 、   という   足 あと 、 そして その  向き   に 他 ならない 。